INSTINCT MACHINEGUN

ポケモン好きのサンガサポ。夫はセレッソサポのパンダ氏。ゆるすぎる観戦記やら旅行記やら。

バガボンドを読む(1)

突然だけどバガボンド243話「蛙」を語ってみる。

バガボンド(28)(モーニングKC)

バガボンド(28)(モーニングKC)

この243話は、バガボンドの挿話の中でも最高傑作のひとつなんじゃないかと個人的には思っている。
そんでこの巻が発売された時のブログにもちょっと感想書いたんだけど、ネタバレに気を遣ってあまり詳しく書けなかったから、もう一度改めて書いてみる。
今回は大いにネタバレしてるのでご注意。

「死神」 誰よりも人を殺す術に秀でていること
それが俺を支えた一片の誇りだった
そんな俺のちっぽけな誇りは その道のさらに秀でた者によって 潰されて消えた
その者の名は  佐々木小次郎 (13巻125話)


一見すると「あ、今回は成人向けサービス回かな?」とでも思うような243話。
ざっとこの話を読んだ人が持つ感想は「え?」もしくは「で?」だろう。
「え? あんだけ伏線として期待持たせといてこれだけ?」の「え?」であり、
「で? この話何か意味があるの?」の「で?」だ。
確かに表面的に見れば、小次郎とお姉さんがイチャイチャしているところへ嫉妬した辻風黄平が急襲、返り討ちに遭うというだけの、「三角関係のもつれ?」という感じの話だ。
しかし、丁寧に読んでいけば、というか、黄平の背負う過去を知っている者が読めば、表面的な内容やページ数以上の「中身」が深いところに隠されていることに気づく。
まぁあくまで姫苺の解釈なんだけど、大きく外してないと信じて書いてみる。

何故生まれてきた 俺も お前らも
等しく価値が無い (13巻127話)


13巻の過去話で、黄平は親に捨てられ、兄にも裏切られ、自分の命(存在)に価値はないと悟る。
そしてその物語の最後で、こう評される。
「あいにくあいつは死神 誰ともつながれない」(13巻127話)と。
でもお姉さんと出会って、黄平は初めて人とのつながりを築きかける。
兄の典馬は黄平のことを肉欲の対象としか見てなかった(と少なくとも黄平は思っている)わけだし
(典馬はもっと清十郎を見習え!と思うよまったく)
買う側と買われる側の間には、金と肉欲しか普通は無いわけですが、
「できもしない」自分を受け入れ、肯定してくれたお姉さんに対して、おそらく黄平はそういう欲とか商売とは違うものを感じたんだと思う。
それと同時に、自分を肯定してもらうことで、初めて自分の価値を見出しかける。
しかしそこで事件が起きる。

「小次郎さまていわるるとですかぁ…」


お姉さんと小次郎の逢瀬を知ってしまう黄平。
自分に対してと全く同じように、お姉さんは小次郎に名前を尋ね、蛙の話をし、最後にこう言う。
「いいとよ あんたは 今のままで」
ここで黄平は悟ってしまう。
今まで自分の心を動かしてきた言葉は全て、誰に対しても使われる定型句であり、ただの商売文句だったのだと。
お姉さんの本心はどうであれ、少なくとも黄平はこれらの言葉を「口だけ、うわべだけ」と感じたはずだ。
全く同じパターンなのだから。


自分を救ってくれたと思っていたのに、結局、相手が持っていたのは愛ではなく欲だった。
黄平は典馬にされたことを、お姉さんからもされてしまった(と感じる)ことになる。
「結局、すべて商売のためだったのだ」と。
自分には、やはり価値なんてなかったのだと。
この時の黄平の気持ちは、嫉妬とか裏切られたとか、そういうレベルでは済まなかったはずだ。
絶望と言ってもいいくらいだろう。
しかし、過去に絶望を繰り返しており、もう絶望することには慣れてしまっている黄平。

命を奪う――
他人を無価値と断じることでほんのわずか自分の存在が確認される
いい気持ちになれる――そんな人間がいる (13巻120話)


そこで黄平は気づく。「自分にはまだ剣があった」と。
「人を殺す術」という、自分の存在や価値を肯定してくれるたった一つのものがまだ残っていた。
小次郎の命を取ろうとする黄平。しかし、あっさりと負けてしまう。
そのたった一つのものですら、「潰されて消え」てしまう。
すがる物が何もなくなってしまう黄平。


しかしそれだけならまだよかった。
その直後、黄平は、とっさに小次郎に命乞いしてしまう。
後に武蔵に対してした「決意の命乞い」とは全く違う、無意識から生まれたとも言っていい命乞い。
自ら「価値がない」と断じた自分の命に執着してしまった。
これはプライドも何もかも折れに折れまくりですよ。
そりゃ死に場所を探したくもなるわ。

言葉にした途端になにか違和感をおぼえる、そういうことがある。
人の感情とは、言葉で過不足なく表せるもののほうがじつは少ないのかもしれない。
形のない感情を形のないままに伝えられないものか。
そんなことを考えているうちに、言葉のやりとりを用いないキャラクターが生まれた。
(16巻 作者巻末コメント)


姫苺はこの話を読んで、というかこの「隠された深さ」に気づいて、ものすごい衝撃を受けて、窓を開けて近所中に「井上雄彦天才やああぁぁぁー」と叫びたい衝動に駆られました(笑)
その理由は、まず前述したように、この話が表面的ストーリー(台詞といった方がいいか)からは見えない深層部に、ページ数や「言葉で語られていること」の2倍も3倍もの内容を包括していると気づいたから。
逆に言えば、それだけの内容を「書かずして語る」ことができている。
「戦わずして勝つ」じゃないけど(笑)「書かずして語る」。


これだけの黄平の心の動きは、モノローグで書き表すこともできたはずだ。
例えば12巻108話(武蔵がクギ踏んで山を登る話)のように。
でもそれをあえて文字で書かなかった。かつ、文字で書かずとも的確に表現した。
書いてなくても、今までの黄平を読んできた者には、書きたかったことが伝わるという仕組み。
しかし伝わらない可能性ももちろん高い。
上に小次郎について述べた巻末コメントを挙げたけど、作者はその「形がないと伝わらない可能性」を自分でもわかっているようで、BRUTUSのインタビューでこう語っている。

意味が読めない人にとっては、ただ顔があるだけで、このマンガには何も描いてないじゃないか、ってことにもなりうる。
いや、すでになっているんです。人によっては、そういう感想も聞きますし。(BRUTUS 08年7月1日号)

しかし、「幸い日本人はマンガの読解力が高い」とも述べており、この伝え方にある程度自信は持っているようだ。


この243話は、13巻の物語がないと成り立たない。
しかし243話を読んだ後に13巻を読むと、より深いものが見えてくるからフシギだ。
お互いがお互いを生かす挿話が書けるなんて…。
この話、伏線として引っ張ってきただけはあるなぁ。


最後に、この黄平の物語の全容を、2巻を描いた時点での作者はどこまで考えていたんだろう?
天才の想像と創造のプロセスを無性に見たくなった。


あー久々に魂削って文章書いた!!
これ書いてるうちに13巻についても書きたくなったので、暇があればまた書きます。
あとなでしこ残念だった。でもよく頑張った!!
ピアノのレッスンがあって後半がほとんど見れなかったのが悲しい(:ω;`)