INSTINCT MACHINEGUN

ポケモン好きのサンガサポ。夫はセレッソサポのパンダ氏。ゆるすぎる観戦記やら旅行記やら。

気づいたこと

姫苺は、テンションが上がらないときは、大抵バガボンドを読むか、YouTubeで「ジーザス・クライスト・スーパースター(Jesus Christ Superstar)」の動画を見るかして、さめざめと泣いたりしてるんだけど、
今回も例に漏れず、ジーザスの動画を見ていた。


やっぱりユダには感情移入してしまう。
ジーザスに文句ばかりボロクソ言って、最後には裏切るくせに、いざジーザスさんが処刑されることになって、取り返しがつかなくなると、「いや俺あいつがいないと生きてけないんだけど」とか言い出して、慌てふためくユダ。
もうね、馬鹿かと。本当にジーザスのことを師であり仲間であると思ってるなら、そんなことするなよと。マグダラのマリアみたいに、おとなしく香油でも塗ってろと。
後悔して自殺するくせに、喉元過ぎればなんとやらで、タイトルソングでまたジーザス批判しまくるし。どうしようもない奴だ。


自分は今までずっと、そんなユダの生き方は間違いだと思って観ていた。
そして、ジーザスに劇中(映画中)唯一褒められているマリアの生き方こそが、正しいんだと思っていた。
でもそれは違う、とさっき突然気づいた。


もし本当にマリアの生き方が正しかったのなら、彼女は、ジーザスを3度否認したペテロと共に、「やり直すことはできないのですか(Could We Start Again Please)」を歌う必要はないはずだから。
ユダやペテロ・シモンetcに比べると、ずっとうまく生きているように見えて、ずっとジーザスに愛されてるように見えるマリアですら、正しくはない。
これは自分の中で、ものすごい発見だった。
誰も正しくなんかないのか。


それにしても、ジーザスは何度観ても新たな発見があるなぁ。バガボンドも。
別にクリスチャンではないんだけど、不思議。
またNHK-BSで映画やってくれないかなぁ。もうすぐクリスマスだし。
今度はDVDに録画できるしね。